自宅で療養生活を送る利用者さんやご家族にとって、定期的な訪問だけではなく、体調が悪化したときの相談や訪問して必要な処置をしてくれる訪問看護は心強い存在でしょう。
しかし、訪問看護ステーションに配置できる薬は限られており、緊急時に必要な薬がないために適切な処置が行えない現状があります。
そのため、訪問看護ステーションに配置できる薬を拡充しようと、政府で議論が進行中です。
しかしながら、配置できる薬が拡充できても、安全性や管理の問題など、課題が多くあります。
本記事では、訪問看護ステーションの役割や配置できる薬の現状について、また配置薬拡充の必要性や課題についても解説します。
訪問看護ステーションの役割
日本では、急速に高齢化が進行しています。
団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年以降は、ますます医療や介護の需要が高まることが予測されています。
そのため、厚生労働省では、できる限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けられるように、包括的な支援を行う「地域包括ケアシステム」の構築を推進しています。
その地域包括ケアシステムにおける訪問看護ステーションの役割は、病気や障害を抱えていても住み慣れた自宅などで療養でき、その人らしい生活を続けられるようにサポートすることです。
訪問看護ステーションの配置薬について
現状では、訪問看護ステーションに配置できる薬は限られています。
訪問看護ステーションに常備できる薬が限定されているのは、看護師が医薬品の調剤を行えないためです。
医薬品の調剤が行えるのは、医師、歯科医師、獣医師、薬剤師に限られています。
配置できる薬が限られていることでの問題点
訪問看護ステーションに薬がないために起きている問題としては、以下のようなものがあります。
- 利用者さんの状態悪化時に、医師に連絡し指示を受けて、看護師が薬局まで行って医師の指示に基づく薬剤を入手しなければならない。場合によっては24時間営業の薬局まで遠くても行かざるをえず、訪問看護ステーションへの負担が大きい上に処置が遅れてしまう
- 24時間営業の薬局がある地域は限られており、医師の指示があっても、夜間や休日などは薬剤を入手する手段がない
- 特定行為(研修を修了した看護師は利用者さんの状態を判断し、医師の手順書による事前の指示に基づき処置が可能)が行える看護師がいても、薬剤がないために手順書による指示を行えない
- 緩和ケア(がんの終末期などに痛みや苦痛を緩和するケア)を行うときに、薬剤がすぐに入手できない(取り寄せに数日かかる)ために、利用者さんに苦痛を強いることになる
- 床ずれや傷に使う軟膏(抗生物質など)があれば、すぐに処置ができて悪化せずに済むような場合でも、薬剤の入手に時間がかかった結果、悪化してしまうことがある
配置薬拡充の必要性と課題
超高齢社会の日本では、在宅医療や訪問看護の需要はますます高まっていくでしょう。
そのため、訪問看護ステーションに配置できる薬が拡充され、緊急時や夜間でも看護師が必要なときに必要な処置を行えるようになることが期待されています。
また、災害が起きた場合に、訪問看護ステーションに常備している薬があれば、医療の拠点として地域を支えることもできます。
訪問看護ステーションに必要な薬
訪問看護ステーションに薬を常備できることにより、看護師が利用者さんの状態の変化に応じた処置が必要な場合に、医師の指示に基づいた処置を迅速に行い、苦痛緩和や重症化を予防できます。
そのために、訪問看護ステーションに常備が求められる薬の例は以下の通りです。
- 脱水症状に対する輸液(点滴)
- 被覆材(傷などを覆う滅菌ガーゼやフィルムなど)
- 浣腸液
- ステロイド以外の軟膏
- 湿布
- 緩下剤や下痢止め
- ステロイド軟膏
- 鎮痛剤
- 抗生剤
配置薬が拡充した場合の問題と課題
訪問看護ステーションに配置できる薬が拡充した場合、管理体制や安全性などのさまざまな問題や課題が生じることが懸念されています。
問題や課題は以下のようなものがあります。
- 法律上の問題:看護師が調剤を行えないこと、またの医薬品の販売先は薬局、病院等とされており、訪問看護ステーションが含まれていないこと
- 管理体制の問題:在庫管理の手間や、紛失などが発生した場合の責任の所在
- 使用した薬剤の請求の問題:訪問看護ステーションで購入し、使用した分を利用者さんに請求するシステム・取り扱い方法
- 安全性の確保:医師の指示で使用したとしても、薬剤師が介入せず薬剤を使用することでの安全性の問題
- 人材育成の問題:訪問看護ステーションで薬剤を管理できる人材の教育・育成
配置薬が拡充される可能性は?
政府の規制改革推進会議は、訪問看護ステーションに配置可能な薬剤の対象拡充について、遅くとも2024年度中に結論を出すとしています。
また、訪問看護ステーションに「遠隔倉庫」を設置する案についても検討されています。
薬局の薬剤師が訪問看護ステーションの遠隔倉庫を遠隔管理する、あるいは医療機関の医師が医薬品の安全管理責任者を担い、訪問看護ステーションの遠隔倉庫に関して「医薬品の安全使用のための業務に関する手順書に基づき管理」するというものです。
しかし、訪問看護ステーションごとに遠隔倉庫を設置しなければならず、また使用するかわからない薬剤の配達は薬局が行うべきか看護師が取りに行くべきか、また返品や廃棄薬剤も同様に誰が運ぶのか、使用期限が切れたり破損したりした場合の廃棄薬剤の費用負担は誰がするのか、など課題は山積みです。
さらに、日本薬剤師会は、訪問看護ステーションへの配置薬剤を拡充することに断固反対する考えを表明しています。
反対の理由は、薬局は法律に基づき医薬品の管理を行っており、訪問看護ステーションへ薬剤の配置を拡充した場合には、法律上の問題も生じるとの考えからです。
同じく「薬剤師の調剤権」や「医師の処方権」の法律に関わる問題につながることも指摘しています。
したがって、現状ではどのような結論が出るのか、問題や課題に対しての解決方法は明確ではありません。
訪問看護ステーションの今後の役割に期待
本記事では、訪問看護ステーションの役割や配置できる薬の現状について、また配置薬拡充の必要性や課題について解説しました。
さまざまな課題や問題はありますが、訪問看護ステーションへ配置できる薬が拡充されれば、必要なときに必要な処置が行えるメリットがあることはたしかです。
超高齢社会の日本において、今後も訪問看護ステーションの需要や訪問看護の果たす役割への期待はますます高まっていくでしょう。
その期待や役割に応じた、柔軟な対応ができる訪問看護ステーションとなるのか、議論の行方に注目していきましょう。